本仁田山90秒の決断

あまりにも出発が遅すぎて過去最も遅い登山開始になってしまったが奥多摩駅に1230に降り立つ。電車乗り過ごすとかそいういうのもあり。奥多摩駅は久しぶりだったが意外にこじんまりしていてびっくり。林道を15分くらい歩きやけに長いなと思いつつ登山開始。今回はトレッキングポールをこれまた久しぶりに使用してみた。リハビリ?かなりの急なのぼりでびっくりした。それ以上に道が細い。ちょっと油断すると落石させそうで怖い。30分ほど息を切らせて尾根に取り付きホッとするのもつかの間、この尾根がなかなか食えない。これまた急で足の踏み場に困る感じ。当然優雅にポールを使っている場合ではない。安全第一で這うようにして進む。地べたを這いつくばるというのは言語上の表現としてはまあ情けない行動の代名詞のようだがこと山において多少情けなくても滑落して怪我するよりはるかにクレバーな行動だと思う。はるかにって打とうとして春香にってでてきたから自分の私生活はクレバーからは程遠いのかもしれないが。
で、結局1時間30ほどで本仁田山へ登頂。絶景かな絶景かな。フロントに奥多摩前半の山々背後には日の出山でみたのと同じようなどこまでも続く市街地。びっくりするほど遠くに新宿の摩天楼がそびえている。今回はスカイタワーもわからなかったが、まあそんなものは瑣末な問題だ。汗をかいているのであまりとどまると冷えて大変なことになると思い後ろ髪を引かれる思いで出発。コースタイム2時間30分を1時間上回っていたのでこれなら川苔山いけるかなと歩き出すも稜線上は雪がぎっしり。観念してアイゼンを装着。先週つかったままだったので泥だらけだ。装着するとその時点で手も泥だらけ。っち。そして稜線を歩き川苔山分岐の手前がアイスバーンになっており、これがかなりすべる。で一瞬躊躇した。ペースが落ちると日没までにゴールするのは難しいか、しかもここからの道は北へ向う道だから下りが日陰すなわちアイスバーン、しかも標高は上がることになる。しかしまあ、先週は2時間に渡る闇夜の山行を踏破したのだから大丈夫かな、と。

そして川苔山へ向い歩を進めると、今日のその時に至る。どうも下りですべるな、という感じはしていた。確かにアイスバーンだがポールは使っているし、どうしてこんなにすべるんだろう、まずいなぁ、という程度の気持ちだった。

見ると左足のアイゼンがないではないか!

これにはさすがに凍りついた。雪山だけに。いやそうじゃないな、アイスバーンの急坂でアイゼンがない、なくなるというのはつまりそのまま滑落の危険に直結するわけだ。いま、現に自分の足には片方アイゼンがないのだから、このまま標高をあげるのは危険すぎる。そう判断して戻る決断をした。15秒。

さきほどの分岐までなんとか戻っても見つからない。どうするか。南側の尾根は雪がちらついているようだが、本仁田山の南尾根には雪がほとんどなかった。しかしそれは希望的観測であり10メートルのアイスバーンでも転倒したり滑落したりするには十分なのだ。見えた見えないという話ではない。そこで大仁田山方面へ戻る決断をした。この決断に45秒。

かなり歩いたところでアイゼンを発見、緩まないようにゴムを調節し再度装着した。ここでもう一度考えた。このまま進むべきか、鷹巣駅に下るべきか。ここ何回か20kmを越す距離を踏破してはいるが所詮素人でありつたない経験粗末な装備で一年で一番難しい残雪期のアイスバーンに挑むことに何の意味があるのか。確かに勿体なくはあるが元はといえば出発が遅れたことが一番の原因だしムリに挑戦して怪我でもしたひには人に迷惑かけるどころではない。総合的に考え鷹ノ巣駅方面へエスケープすることを決断した。30秒。

そこから先はまあ、退屈な下山道だったが、途中何回か視界が開けるところもあり、ほどほどの疲労具合で鷹ノ巣駅に到着することができた。確かに歩行距離は稼げなかったが決断に要した90秒間で十分大きなものを得る事ができたと思う。山は奥が深い。そしてなめるとヤバい。