大魔王がキタ

翌日レースなのだが、あまりに天気が良かったのでついついサイクリングロードで遠出。渡良瀬遊水地で折り返し、少しは人並みにゴールデンウィークの初日をエンジョイした、あぁ俺にもようやっと人並みの幸せが・・・とかいう思いもつかの間160kmの行程のラスト50kmで、それはキタ。

何がキタのか。

大魔王がキタ。あ、いや、別に頭がおかしくなったわけじゃない。

西のほうから、この世の終わりのような黒い雲が猛烈な勢いで迫ってきた。それはまさに”大魔王が現れる時の雲”に相違なかった。当然、身体は恐怖に震えた。しばらくして(ほんの数分だったか)風が吹き始めた。最初はそよ風が、徐々に強く、荒々しく、もはや河川敷の細い自転車道のレーンに車体をキープすることにも苦労しそうなレベルになったとき、対岸の砂が巻き上げられ、黒い雲の前に舞っていた。
もはやこの時点でその雲が大魔王のである事に何の疑いも持っていなかった。そしてどうやらそれは俺をヤバイ事態に陥れようとしている事も感じ始めていた。恐怖に駆られ、調整の練習である事を忘れて俺は必死でぺだるを踏んだ。漕いだ、なんて優雅なもんじゃないし、そんな事を気にしている余裕は無かった。なにしろ大魔王から逃れなければならなかったんだから。
しかし、大魔王はそんな俺をあざ笑うかのように横殴りの風をたたきつけてきた。車体が1メートルは横に吹っ飛ぶ。ぺだるを漕げず、しかし風が俺を押していた。メーターを見ると、30km。踏んでないのに・・・である。大魔王恐るべし。しかし俺は諦めず突風の合間を縫って必死にアタックし続けた。が、無駄な努力だった。

ついに雨が降り出し、路面は見る見るうちにウェットに変わっていった。これは次の突風でめでたく落車かもしれない、そう思ったこと数回、ついに雷鳴がとどろき始めた。もうそこまで迫ってきた大魔王は稲妻をそこかしこにたたきつけ始めた。この恐怖がトドメだった。なにしろ初心者であろうとベテランであろうと、サイクリストが雷と戦って勝てたためしなんかないからだ。

観念して河川敷をおり、一般道に入ったが、何しろろくに店など無く、土砂降りの雨がたたきつける中をひたすらに走るしかなかった。路面はウェットを通り越してもはやウォータープールの底をグリップしているというほうが正しく、少しでもイレギュラーな事態が起こればあっという間に容赦なく俺に水しぶきを浴びせかける遠慮のない一般車両にぺしゃんこにされる事は請け合いだった。しかたなく、俺は止まった。止まったが、問題が解決したわけじゃない。雨で顔にへばりついた汗がとけ、目に入って視界の確保が困難だったし、もう5月とはいえ結局まだ4月、雨が降れば猛烈に寒いし、寒さのあまりハンドルを持つ手が震え、ますますデンジャラスになって行った。数回停車し、ひさしのある場所へ退避しようとしたが、風が強く、動いていないと体温を奪われてとにかく危険だったため、何度も走ってはとまり、走っては止まりした。

ついに体力の限界を感じ、目に入った自転車屋に滑り込んだ。運河の理科大のそばだったと思う。外は少し明るくなっていたが、たたきつける雨と風は全く収まる様子が無かった。しかたなく、自転車用のポンチョを購入。オーストリッチのものだったのでものは確かなんだろうが、既に雨具は持っているのだが・・・これが4700円也。しかし命の値段として考えると仕方ない。ほかに手も考え付かないので購入して店を出た。すると

なんと雨がやんでいるではないか。これは!なんの!!嫌がらせなのか!!!と激しく憤慨したが、もう小ぶりとなった雨の中を運河に向かって走る事数分、もはや路肩が狭く一般道を走るのは逆に危険なので河川敷に戻った。戻ると今度はポンチョが風圧を受け全く走れない。なんだそりゃ!おい!

そうしてハンガーノックになりながら自宅にたどりついた。本気で死ぬかという恐怖と、燃え尽きた足と、冷え切った体、そして5000円が財布から消えていた。

今日の教訓としては、大魔王は確かにいる。しかし科学の力で対処する事は可能だった。次回からは疑わしい天気のときは雨具、もっていこう。とほほ。

※悲惨な出来事だったが、良い事もある。大魔王に会って、生きて帰ったからだ。とはいえあまり人に吹聴すると困難な事態を招く可能性大。諸刃の剣ってやつかな