北海道隼ツーリングDAY9

八戸港には予定通り445に着。例によって40分近く待たされる。この時間。最初は外は真っ暗で三日月が輝く幻想的な雰囲気だったがやがて夜も明けてしまった。下船スロープでグローブを落とすが他のライダーに教えてもらって事なきを得た。BMWライダーの人ありがとう。

さて、寒い。内地というのはあったかいものではないのか。一般道でスポーツランドSUGOを目指そうと思ったが全く道がわからない。仕方ないので八戸から高速道に乗る。くしくも八戸道が本州のNEXCO高速の最後になっていたのだ。これで本州の高速は全て制覇した。しかし寒い。電光掲示では8度。ちょっと度を越している。結局あまりの寒さに下道をゆっくり行くことにした。一戸ICで高速を降り国道4号を南下開始する。しかし気温は低いまま。目にした最低は6度。6度!?勘弁してくれよー
とりあえず道は流れていたので仙台市街が迫るまで下道を使う。そして長者原SAのスマートICから高速に乗る。バイクは寒いんじゃないの、と観光客に声をかけられる。日が上がってからはダイブらくになったが確かに寒い。が、そういってもいられないので先を急ぐ。とはいえ仙台南まで600円の高速旅だ。高速を降りると道がわからない。頼みのMEDIASも電波が悪く地図が表示できない。こんな時はGSだとばかり給油しついでに道を聞く。店員の人は親切に道を教えてくれた。そして1230にスポーツランドSUGOに着。何を勘違いしたか最初はレース開始が1230かと思っていたが勘違いだった。グランドスタンドのグリッドのまん前に陣取るとF3がグリッドに並んだ。エンジンスタートすると耳を劈く爆音。こんなに凄かったっけ?確かにグリッドでのエンジンスタートの時が一番クルマの密度としては高いわけだから音もそれだけ大きくなるわけだ。これは新発見だった。普段グランドスタンドで診る事がないかったからなあレースは結構面白かった。というよりこれだけレースを見ていればレースの楽しみ方がわかるというものだ。
そしてフォーミュラニッポンだがスタート前にセレモニーがあり、東日本大震災で亡くなった人への黙祷、そして国歌斉唱。これに参加したくて来たのだ。会場でやらないと。今回の災害で思ったのが災害は止めることができないが、それによってレースなりの文化活動が停止してしまってはそれは人類にとって敗退であり、文化の火が消えてしまうことになりかねないということ。とりあえず自粛なんてしたら一体いつ再開できる?確かに今は先が見えないかもしれない。けど3年後、5年後、先は見えているのかな。きっと見えていないと思う。何を基準に再開するんだ?だったら最初からやっていたほうがいい。どんなに困難な状況でもレースはやるし、やらなければならない。観客一人一人が俺たちは負けないぞと主張しなきゃいけないわけだ。そのために会場に足を運ばなければならない。被災地の人は何かと大変だし行きづらいだろうと思う。だから一人のレースファンとして、日本人として、今SUGOに行かなければならなかったのだ。一年後とかいつかでは遅すぎる。今会場で黙祷して、今現地でレースを観戦しなければならなかったのだ。まあ入場者数が一人増えたら何だというのはそうなのかもしれないのだがそれでも意味はあったと思う。

気を取り直してレースはタイトル争いが面白くなっているし、一番楽しみにしていたIMPULの車両は期待通りかなり美しくて大満足。レースも見ごたえのある展開で見通しも良かったし大いに楽しむ事ができた。1600にサーキットを後にする。
高速を使ってもどうせ混んでるかなと思い再び4号に戻り下道を走る。が、宇都宮でそろそろ高速使ってもいいかなと走るが速攻迷子。ふたたび困った時のGSに入って聞こうとするが店員がいない。しかたないのでMEDIASで地図をみると。今どこにいるか高速がどこにあるのか一瞬でわかる。まあカーナビがあれば同じようにわかるのだが。結局鹿沼から高速にのり家に帰ったのは2300だった。高速代は八戸から一戸が500円、長者原から仙台南まで600円、鹿沼から浦和料金所が1300円、外環が200円と合計2700円だった。
9日間、3882kmに渡る旅は終わった。フェリー以外の全ての宿は当日予約するどうでしょうスタイルを貫いたが広い北海道では非常に厳しかった。

ゴールオド:54919km
本日の走行:718km
トータル走行:3882km