九州一周四日目

宮崎のホテルは県庁のすぐ近くだった。楠木通りの朝市で宮崎牛の串焼きとマンゴージュースで朝ごはん。県庁は地味な建物で市役所?と言う程度。歴史はある感じだが。入り口にはそのまんま東の人形が。知事室公開と書いてあったが1時間ほど時間があるようだったのでスルー。
西都の西都原古墳に。かなりの規模の古墳群でひとつひとつはそれほどでもないがとにかく広い。あまりに広すぎて公園のなかに畑がある。なんというかあらゆる意味で地域と一体化したところだった。しかしこれほどの広大な墓地、かつてどれほどの王朝がここに存在したのかはわからないが相当な規模であったことが想像される・・・のは学者に任せるとして、当たり前のようで愕然とする事実はたかだか1000年経っただけなのに王朝ですらそれがだれのものであったのか今となってはわからない、ということ。まさに国破れて山河ありの世界だ。ましたや一個人なんて1000年経てばいてもいなくても同じということだろう。自分の世界は自分がすべてだが余りに視野が狭くなりすぎているなとこういう光景を目の当たりにすると感じる。
西都からは東九州道から九州道、さらに有料道路指宿道路を経由しで一気に知覧に。途中鹿児島北で間違って一回降りてしまったのだが。知覧と言えば特攻記念館だ。知覧の武家屋敷の観光客なのだろうがとにかく超がつくほど混雑していた。それの子供づれが多い。子供がこの展示の内容を理解できるとは思えないのだが。結局記念館の中は壮絶な戦争の記録であふれている。特に特攻隊員の遺影が壁一面に掲げられているが、その他展示物も含めどうも自分には直視できない。とはいえ周りの観客は特にどうという風もなく展示に見入っていたようだ。俺だけ?ひとつ気になったのは子供が静かなこと。教育されているのか、場の空気を読んでいるのか、特殊な人だけがあつまるのか?
その後知覧城により、こちらは国指定の史跡、なのだが城跡どころか見た目には山というか林というか。人間の痕跡を見るのは難しいほどだった。わかりやすいのはおわんの形をした開聞岳でかなりの迫力だ。やっぱり角度かな??そして池田湖は日差しの強い中見た目に涼しげなのが良かった。途中の道の駅で同型の隼でカラーも同じ人にであう。同じ色を見たのは数年ぶり、だとのこと。5年間で二人目の偶然が旅の自分だとは。道を少し教えてもらって先を急ぐ。枕崎で火の神公園を見学。海岸の沖合いに浮かぶ炎の形をした巨石を祀っているようだ。確かに火に見える。そこから北上したが思いのほか未知が険しく吹き上げ浜のサンセットブリッジについたころにはちょうどサンセットに。しかしこの橋歩道橋。てっきりバイクで走れると思ってたのに。そこから先は日の暮れた道を高速目指してひた走る。ここも遅いクルマに栓をされてペースが上がらず。鹿児島県いい加減にしてほしい。ここでホテルを何とか取ることができたが場所が佐賀。ということで2000から299kmの道のりを高速で走らなければならない。ひぃひぃいいながら佐賀着は日付が変る直前。あいかわらずきっちーな!